北村周一のブログ《フェンスぎりぎり》

フラッグ《フェンスぎりぎり》展へようこそ。現代美術紹介のコーナーです。とりわけ絵画における抽象力のリアルについて思考を巡らしたい。またはコーギーはお好き?

週一集その二 Alumatiks、そして

すこし旧いけれど、過去のつぶやき集です。よろしく。

 

Alumatiks、 そして

  

 Alumatiks(アルマティクス)とは、「アルミニュームのような」という意味の造語であり、Alumatiks BlueAB)は、最初の個展から今に到るまでの基本的な、いわゆる私性としての、「色」の総称である。

 Alum alumina  aluminium ; アルミニューム 記号Al 原子番号13 

 ‐atiks atikos(GK); ~の、~の種類の、の意。

                   ギリシャ語、ラテン語起源の形容詞に用いられる

 ABの色基準;ウルトラマリン・ライト、チューブ1本にヴィリジャン2本を混ぜ、それにホワイト(チタニウム系がよい)をお好みで加える。イエロー・オーカーを混ぜてもよいが、ウルトラマリンをコバルト・ブルーにかえると幾分品がよくなる。ただし色の効果は対比によって表れるから、色の成り立ちを制御することが肝要である。 

 ABを色のベースにして数年続いた線の仕事を「around」と名付けた。    

  around;~の周りに、~の周囲に、一周して、
      
の意味を転用して、自分の名前にひっかけた。

 そのためには逆数化(反転)をはからねばならず、アルファベット「a」の上に1本バーをつけ、さらに「a」の頭を半分下げることによって3次元化を試みた。つまり平面的な円に終わらないよう、らせん状に昇る構造を与えたのだった。     

 はじめの一段を下げることで昇る運動を導き出せればよい、呼吸法はまず吐くことからはじめる。

 線が画面をおおうようになると、関心は「その向こう側」に移行した。線のしごとの根拠を求めることになったといえる。この数年間の基本的な作業を、「beyond」シリーズと呼び、筆触の積み重ね、色の層の問題と解決法を試行した。色とタッチからはじめて、線が再びたちあらわれてくる。面と構成と縁(エッヂ)の問題も露呈した。

 ここからは「crossing」と名付けて、線の交叉、線の本数、線の太さ、筆触の勢いなど総合的な課題と取り組むことになった。赤からはじめて黄色へとつながり青で終わるプロセスはこの時期に確定したと思う。 

 とはいえ(当然のことながら)ことば通りに進むことはなかった。「AB」をベースにして、「a」、「b」、「c」と澱みなく進んだように書き連ねてはいるが、実状はなりゆきまかせのぎこちなくたよりない作業の集積だった。   

 特に「crossing」シリーズでは、輾転反側(面を見るとその境目の線に目が行く、かたちをつかもうとすると反転してもう一方のかたちに視線は動く、同時に見ようとするとそれらは四つのスミに逃げてしまう。)状態が長く続いたせいか、行きつ戻りつのかかる作業に数学的な(まるで方程式を解くような)快感を見い出したのだった。

 思うに自分へのこだわり(帰納性)のために、ABからa,,cへと流れるかのごとく言の葉を設定せざるを得なかったのだろう。曖昧さゆえに定義を必要としたのだといまさらに思う。

 付記   
 
20才頃の思いつきで(ことば遊びみたいなもの)S.KITAMULAを裏返してみたら(逆数といってもいいのだが)、ALUMATIKSになっていた。ここから強引に、Alumatiks Blueが生まれた。

<例題> 
 以前は、町田市南成瀬に住んでいた。成瀬はもともと「鳴瀬」、鶴見川の支流である恩田川周辺の土地をそう呼んだものらしい。一帯は雑木林に囲まれた丘陵地だった。

 ところで、「なるせ」をアルファベットに置き換えると、「NARUSE」、逆さにすると「ESURAN」、ちょっとくふうして、「SRUN」、つまり「師走」あるいは「S走る」となり、もう一度漢字に戻すと「絵寸覧」、画廊喫茶にぴったりのネーミングだと思うけど、如何だろうか。

 ちなみに、JR横浜線成瀬駅の2つ隣りは「十日市場」駅だが、駅のアナウンスはどういうわけか、「東海千葉」と聞こえてしまうのであった。(19987)