北村周一のブログ《フェンスぎりぎり》

フラッグ《フェンスぎりぎり》展へようこそ。現代美術紹介のコーナーです。とりわけ絵画における抽象力のリアルについて思考を巡らしたい。またはコーギーはお好き?

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

命日がつづく長月たくさんの花の中から仏花をえらぶ

五百九十日目。九月が終わる。 宮ケ瀬ダム命日がつづく長月たくさんの花の中から仏花をえらぶ

世捨てびとと呼ばれしかれが売るために拾い来たれる多摩川の石

五百八十九日目。こちらは多摩川ではなく、相模川です。念のため。 世捨てびとと呼ばれしかれが売るために拾い来たれる多摩川の石

溢れやすき輪郭はみよなみなみと注がれしそれにお口を運ぶ

五百八十八日目。真夏日のきょう。そろそろ熱燗なのに。 溢れやすき輪郭はみよなみなみと注(つ)がれしそれにお口を運ぶ

青春は二度、三度あるとはいうものの銀幕の元スターたち出過ぎ

五百八十七日目。下は、木ノ星、F10号。 青春は二度、三度あるとはいうものの銀幕の元スターたち出過ぎ

お笑いに似てなくもなしニッポンのゲンダイ美術史平たくいえば

五百八十六日目。 中ザワヒデキ著『現代美術史日本篇』は評判に違わぬ興味深い読み物になっています。 沼津市庄司美術館2015 お笑いに似てなくもなしニッポンのゲンダイ美術史平たくいえば

ふれればほどけさふなのに暖かな握りこぶしがねむりをさそふ

五百八十五日目。ひさびさの秋晴れ。 ふれればほどけさふなのに暖かな握りこぶしがねむりをさそふ

脳内でかんがえすぎると左眼が紅くなるので早起きが辛い

五百八十四日目。雨の土曜日。 脳内でかんがえすぎると左眼が紅くなるので早起きが辛い

五つ六つ開手打つときいまはなき者らの顔が点りては消ゆる

五百八十三日目。あめもまたよし。 五つ六つ開手打つときいまはなき者らの顔が点りては消ゆる

四股は百突きは二百を目安にて熟したるのちアトリエに入る

五百八十二日目。1990年、線の配合、ギャラリー檜。F100号。 四股は百突きは二百を目安にて熟したるのちアトリエに入る

備蓄用カップ焼きそばの味がヘン名まえも一字ちがうペヨング

五百八十一日目。急に寒くなってしまいました。秋雨前線。 備蓄用カップ焼きそばの味がヘン名まえも一字ちがうペヨング

真ふたつに割れてしまえばそれはそれ友達みたいにぴたり寄り添う

五百八十日目。音楽に生かされる人はさいわい。 真ふたつに割れてしまえばそれはそれ友達みたいにぴたり寄り添う

つげさんが拾ったであろう多摩川の石をもとめて登戸に立つ

五百七十九日目。無能の人。 つげさんが拾ったであろう多摩川の石をもとめて登戸に立つ

建築家が捨ててゆきたる小石のみをいしずえにしてえがく抽象

五百七十八日目。紙の上に小石がひとつ、またひとつ。 建築家が捨ててゆきたる小石のみをいしずえにしてえがく抽象

リフォームのときの廃材利用してつくった木枠に画布を廻らす

五百七十七日目。二本の線。1993年ギャラリーQ。F130号。 リフォームのときの廃材利用してつくった木枠に画布を廻らす

からっぽのビンとカンとが路上にて触れ合うきょうは聖金曜日

五百七十六日目。1994年春の二本の線。F130号。ギャラリー檜。 からっぽのビンとカンとが路上にて触れ合うきょうは聖金曜日

大工さんが要らないといった木っ端だけで組んだ木枠は四隅が歪む

五百七十五日目。二本の線、1994年秋ギャラリー檜。P200号。 大工さんが要らないといった木っ端だけで組んだ木枠は四隅が歪む

虚と実のあわいをうつし出すように空に向かって開くパレット

五百七十四日目。パレットは不思議な存在である。 下の絵は、1997年神田ときわ画廊での個展の一枚。 time・lag-01、F200号。 虚と実のあわいをうつし出すように空に向かって開くパレット

白百合の切花おもく仄浮くはよどや橋夜の領事館まえ

五百七十三日目。大阪淀屋橋にある、Oギャラリーeyes会場風景-2。 白百合の切花おもく仄浮くはよどや橋夜の領事館まえ

泥塗れの幾何学もようはかなしきかも地べたに敷かれし古絨毯の

五百七十二日目。ぬれそぼつ雨の中なる古ジュータンは泥まみれ。 泥塗れの幾何学もようはかなしきかも地べたに敷かれし古絨毯の

プロジェクトXが終わる頃合い画面かえれば二機目突っ込む

五百七十一日目。 2001年9月、大阪Oギャラリーeyesでの個展会場風景。 プロジェクトXが終わる頃合い画面かえれば二機目突っ込む

ユリの香のにおい重たき夜にして淀屋橋総領事館前九月の死

五百七十日目。 大阪の夜の町におもたくにおう白百合の花。 ユリの香のにおい重たき夜にして淀屋橋総領事館前九月の死

垂直に伸びゆくスギの夏木立木々の配置が風景の発見

五百六十九日目。晴れたり、急に雨になったり、曇ったり、ここのところ気候の変動が激しい。 垂直に伸びゆくスギの夏木立木々の配置が風景の発見

喋りつつ通り過ぎ行く自転車の人のうしろに座る幼子

五百六十八日目。自転車に乗る人が増えている気がする。お天気が不安定。 喋りつつ通り過ぎ行く自転車の人のうしろに座る幼子

東京の郊外に住みときどきはノイズを嗅ぎに都心へ出ます

五百六十七日目。人込みの中で、言葉を拾う。たまにおうたも。 東京の郊外に住みときどきはノイズを嗅ぎに都心へ出ます

始まりと終わりがどこにあるかさえ気づかぬままに動くふで先

五百六十六日目。動かしている本人ですら。 始まりと終わりがどこにあるかさえ気づかぬままに動くふで先

境内のうらの林のあおみどり杉の木立が風景のさいしょ

五百六十五日目。天気予報が当たらない。 境内のうらの林のあおみどり杉の木立が風景のさいしょ

重力に抗うことが生きている証しだものぷくぷく浮かぶ孑孑

五百六十四日目。いずれ羽化して成虫となる、はずのボウフラ。 重力に抗うことが生きている証しだものぷくぷく浮かぶ孑孑

落とされし鳥の末路は羽だらけ苦もなく友がそを捌きゆく

五百六十三日目。里のトンボは人懐こい。 落とされし鳥の末路は羽だらけ苦もなく友がそを捌きゆく

敬礼の似合う男子になりたくて見送るぼくにボクを重ねる

五百六十二日目。飛び立つ前のトンボのこころ。 敬礼の似合う男子になりたくて見送るぼくにボクを重ねる

すではなくしおだと電話の声はいう ハチミツ屋さんの九州訛り

五百六十一日目。はや九月。 まだまだ暑い日が続くので、蜂蜜を水で割るときは、塩を足すといいですよというご案内でした。お酢ではなくて。 すではなくしおだと電話の声はいう ハチミツ屋さんの九州訛り