北村周一のブログ《フェンスぎりぎり》

フラッグ《フェンスぎりぎり》展へようこそ。現代美術紹介のコーナーです。とりわけ絵画における抽象力のリアルについて思考を巡らしたい。またはコーギーはお好き?

2017-07-01から1ヶ月間の記事一覧

盛夏、色とりどりのランドセルのCM流れ若き親ら浮き立つ

八百九十三日目。 モルト・防水、左。 盛夏、色とりどりのランドセルのCM流れ若き親ら浮き立つ

浴衣女子男子ちらほら駅頭に見れど午後から雨の日のきょう

八百九十三日目。 モルト(防水)、右。 浴衣女子男子ちらほら駅頭に見れど午後から雨の日のきょう

立ち並ぶキリコのいくつそのひとつ夏のよぞらに担ぐすずしさ

八百九十二日目。 能登の、キリコ大祭は優美かつはげしい。 立ち並ぶキリコのいくつそのひとつ夏のよぞらに担ぐすずしさ

無頼への憧憬は止まず浮き沈む河口間近のトリスの小瓶

八百九十一日目。 暑いときの大掃除、気分転換。 無頼への憧憬は止まず浮き沈む河口間近のトリスの小瓶

できる限りゆっくりと線を引くように、と書き足すメモ魔の画家の猫背よ

八百九十日目。 胸を張って言えることではないのですが。 できる限りゆっくりと線を引くように、と書き足すメモ魔の画家の猫背よ

崩しながら組み立て直すいとなみも風のまにまに絵になることも

八百八十九日目。 モルト、右。 崩しながら組み立て直すいとなみも風のまにまに絵になることも

よい痴れて石屋の庫の石の上に眠りいるなり墓石としらで

八百八十八日目。 モルト、左。molto:非常に、それとも、mortar:モルタル、なのかそれとも、molt:羽毛、生え替わる時期、なのか、いまもって不明。 よい痴れて石屋の庫の石の上に眠りいるなり墓石としらで

凹凸のはげしき夢のはざまにて目覚めしわれがわれを起こしぬ

八百八十七日目。 床と、天井と、壁面が作る、すり鉢状の空間。そのなかに立つ人となる。 凹凸のはげしき夢のはざまにて目覚めしわれがわれを起こしぬ

奥能登の凹なるところわが生れし町の静けさ 夏のおわりの

八百八十六日目。 美術館を出て南に少し歩くと、松林が広がる。 奥能登の凹なるところわが生れし町の静けさ 夏のおわりの

中央にあるべき舌が右往左往口内炎なら良しと思いつつ

八百八十五日目。 カテゴリア、アマリリス、旗日とつづく。いつまでもそこにあるわけではない。 中央にあるべき舌が右往左往口内炎なら良しと思いつつ

ねむりにも勝ち負けはありやおおデパス0.5ミリに託す正夢

八百八十四日目。 にぎやかな空間のなかにも、しずもりはあると。 ねむりにも勝ち負けはありやおおデパス0.5ミリに託す正夢

絵の中の道具仕立てにおもねいる画家のしごとにほころびはなし

八百八十三日目。 実験をたのしむ余裕が欲しい。失敗もまた。 絵の中の道具仕立てにおもねいる画家のしごとにほころびはなし

泣かされて汗ばむこころああデパス0.5ミリに託す逆夢

八百八十二日目。 海のにおいのする美術館。沼津市庄司美術館。 泣かされて汗ばむこころああデパス0.5ミリに託す逆夢

ねむるならノラ猫のごとひっそりとプールサイドにその身預けて

八百八十一日目。 羨ましいくらい無防備である。 ねむるならノラ猫のごとひっそりとプールサイドにその身預けて

夏休みに近づきにつつ水際べを着衣のままの訓練終うる

八百八十日目。 純白絵画のはじまり。 夏休みに近づきにつつ水際べを着衣のままの訓練終うる

ひとの児らに鰾あらず一斉にペットボトルをつかむ音する

八百七十九日目。 着衣泳というらしい。こちらは沼津の美術館。灰色主義。 ひとの児らに鰾(うきぶくろ)あらず一斉にペットボトルをつかむ音する

脳内のおぐらき部分夢さめてわれをあざむくための手つづき

八百七十八日目。 みみときわ、またはメラトニンとセロトニンの関係。早朝の日差しは、安定した睡眠を促す。 脳内のおぐらき部分夢さめてわれをあざむくための手つづき

たなごころ汗ばむまでにわれは絵のなかのツールとなりにけるかも

八百七十七日目。 早朝、雨戸を開けたら、きびしい暑さが待っていた。初蝉の声。 たなごころ汗ばむまでにわれは絵のなかのツールとなりにけるかも

SC相模原イレブンを鼓舞せんに赤の一番能活が吠える

八百七十六日目。 1975年生まれのGK川口能活選手の闘魂は、いまだ健在である。 SC相模原イレブンを鼓舞せんに赤の一番能活が吠える

バブル弾けても肩幅ひろきW着こなし夜明けまではしゃぐ七月

八百七十五日目。 1ダースの月、七月まで一挙公開。 奥湯河原温泉にあそぶアーティスト河原温氏がえがく一月 崇高のひかりあまねくカーテンの隙間に踊りはじめる二月 震災が何かを変えたと思うまで絵を画くのみにすごす三月 花々の芯より生れていまここに色…

『洗濯バサミは攪拌行動を主張する』の絵をあたらしく描きたす六月

八百七十四日目。 いろんな六月があったけれど。 『洗濯バサミは攪拌行動を主張する』の絵をあたらしく描きたす六月

茫洋にしてありのままの語り口が鉄の作家を重たくさせる

八百七十三日目。 伝統と保守との違い、きみはしらずや。 茫洋にしてありのままの語り口が鉄の作家を重たくさせる

絵画場なる実験場に身を置きてつつしみぶかし絵筆とるきみ

八百七十二日目。 アトリエも展覧会場も、実験の現場でありたい。 絵画場なる実験場に身を置きてつつしみぶかし絵筆とるきみ

ぶどう糖液に浸れるわがなずき思いみるごとチョコレイト舐めおり

八百七十一日目。 脳の重さは、ヒトの体重の2%ほどなのに、消費するエネルギーは20%を超える。けれど、深く考えたからといって、消費量が増えるわけではない。 ぶどう糖液に浸れるわがなずき思いみるごとチョコレイト舐めおり

わが脳はみちたりてありやグルコース濃度をおもう午後四時の頃の

八百七十日目。 空腹時低血糖症のひとは体調維持が肝要。 わが脳はみちたりてありやグルコース濃度をおもう午後四時の頃の

にくみ合うことしか知らない姉妹にもふるふる雨が傘の中まで

八百六十九日目。 すきまだらけのフラッグにも手を差し伸べてみたい。 にくみ合うことしか知らない姉妹にもふるふる雨が傘の中まで

信じあうことを知らない兄弟の傘の中にもしとしとと雨

八百六十八日目。 灰いろがそもそもの始まりだった。 信じあうことを知らない兄弟の傘の中にもしとしとと雨

なにとなく祖母が顔だす感じありて路地を枯れゆくアジサイのはな

八百六十七日目。 ことばと絵画の縁をとりもつ、音楽のちから、または哲学。 なにとなく祖母が顔だす感じありて路地を枯れゆくアジサイのはな

あじさいの花のおわりは切なきよ 路地ゆく人をながめいるのみに

八百六十六日目。 見られる側から、見る側へ変わる、変わり目。 あじさいの花のおわりは切なきよ 路地ゆく人をながめいるのみに

鉄錆のいろに塗れし礫という小石の上を線路はつづくよ

八百六十五日目。 原則は遠きにありて思うものなのかもしれない。 鉄錆のいろに塗れし礫という小石の上を線路はつづくよ