北村周一のブログ《フェンスぎりぎり》

フラッグ《フェンスぎりぎり》展へようこそ。現代美術紹介のコーナーです。とりわけ絵画における抽象力のリアルについて思考を巡らしたい。またはコーギーはお好き?

2018-07-01から1ヶ月間の記事一覧

松の木に巣くうムシの子美味にして練乳に似ていると根府川の人

千二百五十九日目。 ねぶかわの駅のホームで休憩中の蛾。マツクイムシの幼虫は、蕩ける美味さらしい。

待ち切れず野分のあとを鳴くセミの もろこし畑の葉叢色濃し

千二百五十八日目。 台風の前の日の真鶴海岸。遠く初島。

隠し味は桃の缶詰セルジオ越後氏自慢のライスカレーはむろん辛口

千二百五十七日目。 セルジオ越後氏のサッカー批評は、読み応えがある。

非常時の食とおもえばダンゴムシその味切にたしかめてみたし

千二百五十六日目。 真鶴 貴船まつりに偶然遭遇する。

朝の十時缶のビールに奇声上げロマンスカーでゆく女子会の旅

千二百五十五日目。 紅いカンナの花は健在。ねぶかわの駅。

気遣いの女流詩人は疲れ知らず 多弁多忙の大暑の中を

千二百五十四日目。 少し涼しくなったけれど。

日記魔の指揮者は多芸多才なり 忙しすぎて暑さ忘れる

千二百五十三日目。 晩秋の冨士、山中湖側から。

ねむるとはいまだ見知らぬみずからの闇のなかゆく巡礼の旅

千二百五十二日目。 ダンゴムシは、非常食として活用できるらしい。俄かには理解しがたいが。

夏の盛り旅に出るより僅かばかり早めに起きて外見ていたり

千二百五十一日目。 火星大接近の話題かしまし。

経験が右に左に西野J チーム・プレイという底力

千二百五十日目。 功労者たちのすなわち卒業の宴のごともA代表散る 長期的展望を持ちたい。

アトリエの床に転がる団子ムシあちらこちらにこの暑さだもの

千二百四十九日目。 ダンゴムシはジグザグを好むらしい。なぜ?

右大腿骨転子部骨折リハビリの母の病名おしゃべり止まず

千二百四十八日目。 南伊豆にかくれうなぎという鰻あり 味はいかがかな。

チーム力が個々の力を凌ぐとき数秒あればゴール奪える

千二百四十七日目。 夏の下田港

くれないの広場にも声はみちみちてフランス国歌を聞くプーチンの顔

千二百四十六日目。 露西亜大会が終わり、ほっとした人も多いだろう。

各々の民族の汗の七月の宴の後の芝の葉のみどり

千二百四十五日目。 ルジニキ・スタジアム(モスクワ)が決勝戦の舞台だった。

肉を喰らい血肉とする傾向より草食むのみにあゆむしずけさ

千二百四十四日目。 ワールド・カップ露西亜大会終わる。

ヤマユリのはなの由来を知りしより群れて花咲くことを厭わず

千二百四十三日目。 神奈川県の県花でもあるが・・・。 鉤括弧

つぶやきに自己宣伝のきらいあり 今は死語かもウナヘンタノム

千二百四十二日目。 ウナ電 至急電報のこと。 手抜かりの右

意に反しクリア・ボールがあわれあわれ自殺点とは悲しいことば

千二百四十一日目。または、オウン・ゴール。 手抜かり

去りゆく者残る者あり晴れ晴れと見送られつつA代表散る

千二百四十日目。 泳ぐ児らの声高々に半夏生 ベルギー戦まで十二時間を切る

目の覚めるような電撃ゴール決められて皮肉にもラストパスはあなたに

千二百三十九日目。 ベルギー代表チーム散る。

ユニフォームの首破(や)れんばかりにたくしあげて隠(こも)る他なくスアレスもまた

千二百三十八日目。 または逃げる韻を踏む日々

薔薇族の愛にムチ打つ納屋の中 思春期に触れる昭和文学

千二百三十七日目。 赤い紫と、青い紫。

初蝉の声をまくらに転たねの寝過ごすまでのこだまのわたし

千二百三十六日目。 関西では、今年初めてのセミが鳴いていたという。

草の葉の露にまみれしくれないの動くアザール動かすアザール

千二百三十五日目。 草の葉の露にまみれしくれないの数秒あればゴール奪える

コスモスを折りゆく子らは塾帰り 宇宙人襲来セリと脅す

千二百三十四日目。 都市は騒音がみちみちている。 四つのユーモレスクより

人はむかし信じて紅茶菌ほか育てしことも健康のため

千二百三十三日目。 さまざまな健康法がある

人はむかし枕元には煙草盆置いておいこら肩揉めといい

千二百三十二日目。 ユーモレスクでも聴きながら

追い詰めてみればすなわちみずからも追い込まれゆく土俵の際に

千二百三十一日目。 熱い夏の夜明けの宴

サッカー通と呼ばれし人らが予想する試合展開ことごとく外れ

千二百三十日目。 チーム力さらに上げつつNishino・J 歴史が動く瞬間がある